向上心が介護を遠ざけたのだろうか?

介護の資格をとるための向上心

私は医療事務の資格を10年ほど前にとりました。まだ30代だったで、やる気と向上心があり、某教室に通って無事に資格を取ることができました。その後は、薬局事務の仕事を1年半程しました。そして、子どもができ

向上心をもって介護の仕事を続けよう

介護の仕事を長続きさせる秘訣があれば、知りたいと思いませんか。辛い、キツイ、給料が仕事内容に見合わないと思われがちな介護の仕事。毎年多くの人が志半ばで挫折し、諦めて職場を去っていきます。しかし、そんな

介護の仕事を長続きさせる秘訣があれば、知りたいと思いませんか。辛い、キツイ、給料が仕事内容に見合わないと思われがちな介護の仕事。毎年多くの人が志半ばで挫折し、諦めて職場を去っていきます。しかし、そんな

向上心が介護を遠ざけたのだろうか?

昭和2年生まれの母は、今年の夏、バス下車の時に転んで大腿骨を骨折し、救急車で運ばれた。即入院、早急に翌日手術をすることになった。たちまち、私たちきょうだいが看病に行くことになった。結果的には3カ月入院

介護に必要な向上心とは

介護をする上での大切な資質。それは、向上心。「利用者さんに喜んでもらいたい!」、「スムーズに介護を行うには、どうしたらいいだろう?」。日々、さまざまなことを考え、実際に行動することが大切です。介護の仕

介護に必要なのはお互いの向上心

私の祖母は、長年の農作業で足腰が弱く、こけたことがきっかけで10年間寝たきりの状態になり、母の介護が必要だった。母は少しでも祖母が快適に過ごせるよう、床ずれ防止のために腰のタオルを何時間かおきにずらし

向上心が介護を遠ざけたのだろうか?

昭和2年生まれの母は、今年の夏、バス下車の時に転んで大腿骨を骨折し、救急車で運ばれた。即入院、早急に翌日手術をすることになった。たちまち、私たちきょうだいが看病に行くことになった。結果的には3カ月入院したのだが、その間、私と妹、そして弟2人の4人で交代で看病した。その時、一番に浮かんだキーワードが「介護」の2文字だった。元気が取り柄の母にとって、子どもたちに介護されるなんて、もってのほかだったに違いない。大腿骨の手術の前日、医師に告げられた。ショックでボケてしまう人もいる。手術後の経過およびリハビリによっては、歩けなくなってしまうこともある・・・など。母を介護しなければならないかもしれない。そう思うと不安になった。幸い、手術は成功。向上心にあふれた母は、ボケることもなく、退院する日を夢見て、とても明るくいてくれたので、看病する私たちも、ずいぶん気持ちが救われた。動けぬからだを呪うこともなく、なぜ骨折してしまったんだろう?と嘆くこともなく、ただ、あるがままを受け入れているこの84歳のおばあさん(私の母)は、すごい人物だな、と感心したりもした。そして思った。向上心を持って生きることは、スゴイことだと。私自身、50歳を過ぎてからは、やたら「今さら」という言葉を使うことが多くなった。「今さら、こんなこと始めたって・・・・」と年齢を理由に、やめてしまったり、努力を怠ったり・・・・。母は向上心を持って、リハビリに励んだ。最初は痛がって、数分しか動かせなかった足が少しずつ動くようになり、やがて、退院へとこぎつけた。おかげさまで、介護をすることなく、今までと変わらぬ暮らしをさせてもらっている。ありがとう、向上心。

介護するにあたっての知識の向上心

介護される人、介護する人のそれぞれにおいて意思の疎通が大切だと思います。なぜそれをするのか。なぜそのようなことを行ってくるのか。たとえばお年寄のグループホームが今各地にできています。高齢化社会の日本、今、国でも失業された人にパソコンの資格とヘルパー2級が無料で習える機関をつくつています。現在ヘルパーになる方も不足しているとかで資格を取っていってもきびしい職場事情でやめる人が多いようですね。ヘルパーをしている友人から聞くと食事、入浴、掃除、洗濯、風邪をひくと病院にと休む暇なく動いているといっていました。介護する側の人も常に勉強していかなくてはいけなくて資格や痴呆について学んだり本当に立派だと思います。向上心なくしてはやっていけない職業だと思います。そして心のケアーにも気を配り一つ一つの言葉を発しないといけないようです。本当に人のために何かしたいという向上心がなければただの仕事としてしまえば血のとおった介護はむずかしでしょうね。私の親も3年ぐらいデイケアーで介護施設へ週2回通っていました。痴呆の方と一緒の介護施設でしたので折り紙を折ったり工作、手芸をしたりまたそこは温泉があるので入浴したりでお昼になるとバイキング形式の手の込んだ料理がでるそうで楽しみに通っていました。しかし介護するヘルパーさんの一言がとてもはらがたったそうでやめてしまいました。その時父が死んだばかりで精神的にも大変だったようで介護側のほうは「お母さんは痴呆が進んでますよ。」と言われ大変ショックでした。それから1年役所の手続きも何とか市役所の方に聞きこなして、家の相続手続きも終り一段落してもとの精神状態にもどり昔のにこやかな母に戻りました。痴呆のような症状だったので介護側の方もそう見えたんだと思います。その頃は電話でいつも喧嘩していました。私の知識のなさ、経験のなさでほんとうにたいへんでした。これから向上心を持ち介護について心のケアーについて学んでいきたいと思っています。